カーネルサンダースのお話

若い時に挫折と転職を繰り返す

挫折を苦にせず再び立ち上がる

『ケンタッキー・フライド・チキン』の創設者であるカーネルサンダースは、フランチャイズビジネスという手法で、
5年足らずで200店舗をオープンし、90歳で他界するまでに、世界48か国、6000店舗が加盟をするまでに発展しました。

このように聞くと破竹の勢いに見えるかと思いますが、
カーネルサンダースは、若いころは何度も転職を繰り返し成功と呼べる人生を歩んできたわけではありませんでした。

しかし、このことを挫折とは思わずまったく苦にしないで、立ち上がり続ける強さをカーネルサンダースは持っていました。

40歳でプチ成功

素材のこだわり、サービスの良さ

ケンタッキーフライドチキンの前身となる小さなカフェをオープンし、この店の味が大変評判を呼びました。

しまいには、来客が列をなすようになり、ケンタッキー州の知事から『人々への貢献』を理由に、

名誉称号の『カーネル』

を授与されるまでになります。

しかし、この成功を成した店舗が火災に遭い、またしても成功は頓挫してしまうのです。

その後に、車のドライバーに向けたレストランでまた小さな成功をおさめますが、新しくハイウェイが出来てしまったために車の流れが変わり、結局その店舗も倒産してしまいます。

この時65歳だったカーネルサンダースに残ったのは、
今でこそ全世界で有名になった『ケンタッキー・フライドチキン』のレシピのみだったといわれています。

このフライドチキンのレシピに自信があったカーネルサンダースは、
自らがそのレシピを直接使用して事業を行うのではなく、レシピ事態を販売し、ロイヤリティを得るための動きにシフトしたのです。

これは、出店の資金がない一文無しになってしまったカーネルサンダースだからこそ思いついたアイデアだと思います。

オープンしていた店が倒産する前に、フライドチキンのおいしさに感動した客からレシピを教えてほしいと言われていたのを思い出したのがきっかえだと言われています。

はじめはレシピを売り込んでも全く相手にされなかったカーネルサンダースですが、
1羽につき5セント受け取るという画期的なFCビジネスを発展させたのです。

年齢は関係なく、失敗を前向きに捉える姿勢が大切ということでしょうか。

今日の格言

失敗とは、再始動したり、新しいことを試したりするために与えられたチャンスだ。